
あなたはゼノさんを知っていますか!?
日本のボランティアの草分けとも言われるゼノ修道士の後半生をアニメ化!
あの長崎のきのこ雲の下に、ゼノさんがいたことを知っていましたか
アニメで描く"アリの町のゼノ神父"の原点
50代以上の多くの日本人の記憶に残る"ゼノさん"の名前。
何よりも衝撃を受けるのは、8月9日長崎に原爆が投下されたシーンである。描写が残酷ということではない。"善意""ボランティア"の象徴であるかのようなあの"ゼノさん"がその瞬間に立会い、被爆していたという事実である。原爆の不条理、非人道性がいっそう浮き上がってくる。
"かぎりない愛の生涯を伝えたい。
史実にもとづき、アニメーション映画に!!
ゼノ・ゼブロフスキー、愛称"ゼノさん"の半生を措いた異色のアニメーション。彼はポーランドに生まれ、1930年にコルベ神父とともに来日。戦時中も日本にとどまり、1945年8月島崎で被爆。戦後は、戦災孤児の救済を中心に生活困窮者の支緩、災害被災者の救緩、など全国各地を駆けめぐり、日奉のボランティア運動の草分けとも言われています。
ゼノさんの救済活動によつて実際に教われた人の数だけでも幾万とも言われでいます。とにかく、目の前の因った人を、放っておく事が出来なかったゼノさんの生涯は、まさしぐ"かぎりなき愛の主尾外"であったと言えるでしょう。
ゼノ修道士は長崎の修道院で祈りの日々を送っていた。そんなある日、突然の閃光と爆風が修道院を襲った。1945年8月9日、長崎こ原爆が投下された日。町は焼けただれ、救いを求める人々であふれかえった。
それから数日後、戦争は終わった。しかし、生き残った人々にとって住む家もなく、食べ物も宇に入らない新たな苦難の日々の始まりでもあった。ゼノさんは毎日のように食べ物や衣類を持って市内に飛び出し、子どもたちに配り歩いた。しまいに修道院は災害孤児となった子どもたちでいっぱいになった。ゼノさんの活動は長崎だけでなく日本中に広がっていった。
そわから数十年。ゼノさんの存在もいつしか人々の記憶から遠ざかろうとしている80年代。病院の一室にすっかり年取ったゼノさんの姿があった。”ゼノ、死ヌヒマナイ”と日本中を駆け回ったゼノさんだったが・・・
ゼノさんの姿を現代に伝えたい、未来に向けて残したい、の呼びかけに応えた2000余名の人びとによる1億円を越える募金を支えに、「ゼノ−かぎりなき愛に」はうまれました。ゼノさんとの直接の交流のあった人、名前と業績だけしか知らなかった人、信仰の有無を超え、宗派の違いを越え全国各地から、この募金は寄せられ、映画化は実現しました。
手壌治虫原作のTVシリーズ「ジャングル大帝」、デイスニープロのTVシリーズ「リトル・マーメイド」など着実な実績を重ねている宇井孝司が監督。世界的にも注目を受ける日本のアニメ界のトッププロたちが参加しています。音楽には「モスラ」(東宝)、「毛利元就」(NHK)などを手掛けた渡辺俊幸かあたり、秋出和慶監督により東京交響楽団が演奏。 人は人に対して、何ができるのか−−。
| 上映時間 | 74min |
| 画面サイズ | スタンダード |
| フィルムサイズ | 16ミリ/35ミリ |
| 字幕版 | 無し仏 |
| 制作年度 | 1999年 |
| 映画料金 | ◆有料上映会の場合◆ 前売り料金:700円以上の設定をお願いします。 上記料金設定にもとづく総売上の50%が映画料とします。 ※但し、上映規模が小さい場合でも最低映画料は10万円となります。 ◆無料上映会、学校上映会の場合◆ 鑑賞人数によって変化します。ご相談下さい。 ※但し、上映規模が小さい場合でも最低映画料は10万円となります。 |