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配給作品リスト

月光の夏

月光の夏

キャスト

  • 若村麻由美
  • 田中実
  • 永野典勝
  • 渡辺美佐子
  • 仲代達矢

スタッフ

  • 監督:神山征二郎
  • 原作/脚本/企画:毛利恒之
  • 製作:佐藤正之
  • 企画:松木征

解説

太平洋戦争末期の昭和20年6月に、佐賀県鳥栖の国民学校(現・小学校)を訪れたふたりの若者がいた。彼らは、出撃をひかえた特攻隊員で、音楽を愛していた。この学校にグランドピアノがあると聞き、死ぬ前に一度思い切りピアノが弾きたくて駆けてきたのだ。ひとりが楽譜をめくり、ひとりがベートーベンのピアノソナタ「月光」を見事に弾くと、去ったきり二度と戻らなかった。
当時の女教師(故上野歌子さん)がその思い出を忘れられず、語り伝え、秘話はよみがえった。そして、地元九州を中心とした多くの人々の熱い思いを結集して映画が生まれた。
それがヨ月光の夏』である。作家の毛利恒之氏が原作・脚本を書き、『ハチ公物語』『透き落日』でヒューマンな感動を呼んだ神山征二郎氏が監督にあたった。
半世紀の歳月を越えて、一台のピアノと「月光」のメロディが語りかけてくる戦争犠牲者への鎖魂と平和への願い・・・・・・。それを日本中に知らせたいという九州各地の市民の熱意が一億円の支援金を集め、製作費の一端を担い、それを受けて「若者たち』『忍ぶ川』『優駿』などの製作でその良心的映画作りを知られる独立プロの雄、(株)仕事(旧俳優座映画放送株式会社)が、総力を挙げて製作した。
出演俳優には、若村麻由美、田中実、石野真子、永野典勝らパワフルな若手と、仲代達矢、山本圭、渡辺美佐子、田村高廣ほかベテラン演技陣が揃い、感涙にあムれるドラマを生み出している。

「特攻隊」は、太平注戦争の末期、日本軍が爆弾を搭載した飛行機や艦艇で敵艦に体当たり攻撃を行ったもので、航空特攻では海軍の神風特攻隊」が知られているが、陸軍でもこの映画に出てくる「振武隊」等があり、この他に海軍の飛行ロケット人間爆弾「桜花」、人間魚雷「回天」などさまざまなものがあった。いずれも20歳前後の若い搭乗員の死を前提にした過酷・悲惨な攻撃方法であることがこの映画の展開からも浮きぼりになっている。

あらすじ

佐賀県鳥栖市に住む主婦吉岡公子(渡辺美佐子)は、かつて教師として勤めた鳥栖小学校の、廃棄されることになった古いグランドピアノについて忘れられない思い出を持っていた−太平洋戦争の末期、当時としては大変高価で貴重なそのピアノの係をしていた公子(岩村麻由美)のところに、初夏のある日、かなり離れたか目達原基地からふたりの特攻隊員が訪れた。"明日にせまった出撃を前に、ピアノを弾きたい"と騒けてきたという。ともに学徒出身の音楽を愛する若者だった。音楽学校出身の隊員(永野典勝)は『月光』を弾いた。もうひとりの師範学校出身の隊員(田中実)は子ども達の歌う『海ゆかば』を伴奏した。そして、公子の渡した白百合の花束を手に基地へ帰っていった。それから2ヶ月後、戦争は終わったが、ふたりは帰ってこなかった。
この話は子ども達や先生たちに感動を与え、さらに新聞やラジオで報道されて市民のなかにも共感を呼び、"平和の記念碑"としてピアノは保存されることになった。
ピアノを弾いた特攻隊員は誰だったのか、その後どうなったのか
−彼らは軍が学徒出身者をパイロットに急ぎ養成した特別操縦見習士官(特操)の出身者だった。熊本県阿蘇の村に生存していることが判明したそれと思われるピアノ教師の元少尉風間森介(仲代達矢)は、新聞記者の質問に「覚えていない」と何も語ろうとしない・・・・・・。
地元ラジオ局の石田りえ(石野実子)の依頼でこの出来事の取材に歩くドキュメンタリー作家の三池安文(山本圭)は、やはり生き残った石倉金吾(田村高廣)が大牟田にいると知って訪ね、特攻出撃したがやむなくひき返した者や途中不時着した者たちを過酷にも監禁した「振武寮」の存在を初めて知る。
公子は、三池や石田と共に、鹿児島県知覧の特攻平和会館を初めて訪れ、そこに掲げられた遺影のなかに『月光』を弾いた青年の顔を発見する…:・書薬学校出身の海野光彦少尉であった。
何ゆえに風間は当時の事情を語ろうとしないのか、事件の真実をもとめて三池と石田は風間を訪ねるのだが・・・・・・。

多くの観客に知ってほしいことがある。文字通りこの作品に命をかけたプロデューサー松木征二のことである。この企画がたち始めた頃、彼の喉頭がんが発見された。「この映画があがるころ俺はいないかもしれない」−そんなことを口にしながらも彼は狂ったように映画化実現にまいしんした。「ただの反戦映画じゃないんだ」−まさしく命の重みを自分自身に重ねてみつめていたのであろう。企画、撮影、編集のあいだに数度の入退院を繰り返した。映画完成・ゼロ号試写のその日彼は病床にあった。すぐさまビデオに転換し病床に届けることに。しかし、スタッフたちが思っているほど軽い状況ではなかった。92年11月25日ゼロ号試写、そして12月6日―「残り少ないけれど俺もがんばる」と言った彼は亡くなった。上映の成否を最後まで心にかけながら。

上映の申し込み
上映時間111min
画面サイズヴィスタサイズ
フィルムサイズ16ミリ/35ミリ
字幕版日・英・有り
制作年度1992年
映画料金◆有料上映会の場合◆
鑑賞料金:前売券料金1000円以上の設定をお願いします。
上記料金設定にもとづく総売上の50%が映画料となります。

◆無料上映会、学校上映会の場合◆
鑑賞人数によって変化します。ご相談下さい。

※いずれの場合も最低映画料は、10万円となります。